「誘拐犯」



ブラジル北東部の大都市で、赤道直下に位置するフォルタレザという街を訪れた。ブラジル国内では高級ホテルが並ぶ洗練されたビーチリゾートとして人気のある街だ。ホテルの部屋からは見事な海景色が望めるし、夜景も素晴らしい。日がな一日、ホテル付きのプールサイドで海を眺めやりながら読書でも、といきたいところだが、残念ながら目的は調査、つまり仕事である。

夜になるとインタビューに招待された人々が集まってくる。驚いたのは皆、ドレスアップしていること。場所が高級リゾートホテルであるためか、特に女性はお気に入りのワンピースを纏い、ボーイフレンドのエスコート付きでやってくる。そういう人たちと食事を摘みながら言葉を交わす夕べもまた悪くないものだ。

夜も更け、いつものように招いたひとのなかから数人にお宅訪問をお願いした。

次の日、お宅に向かおうとホテルのロビーで待っていると、担当者が浮かない顔をしてやってくる。どうしたのか尋ねると、訪問を突然キャンセルされたという。致し方なしということで、その日は別の行程をこなすことにした。

しかし3日目も同じように訪問をキャンセルされる。こんなこともあるのか、と不可思議に思う。

そしてその晩、声をかけたすべてのひとに訪問を断られる。さすがにおかしいとは感じるものの、確かめる術もない。

翌日、郊外のディーラーを訪れたところ、事態が発覚する。我々が自己紹介するなり店長が声を上げた。

「ああ、君たちか! ここらで調査をやっている連中というのは。いやね、君たちの噂が街中に広まっているんだよ。高級ホテルで食事を用意してくれたうえに、話を聞いてくれて、お金までくれるなんて、誘拐目的か何かに違いないってね!」

なるほど、我々は誘拐犯だと疑われ、警戒されてしまったわけだ。ブラジルは犯罪率が高く、人々も自衛手段を講じているが、誘拐は頻繁に起こる犯罪なのだそうだ。確かにブラジルの住宅には立派な門や塀で囲まれ、監視カメラや鉄条網などで厳重に保安されたものが多い。日本では思いもしない理由がそこには隠れていたのだ。

調査では異文化を理解するために、自身の常識や理解に捕われないよう意識するのだが、それが至っていない事に気付かされたエピソードだった。ともあれ、誘拐犯に間違われたのは人生で得た初めての経験だったな。(urikura)