サンパウロの誤算



グループ・インタビューを行う際、そこでは結論ありきの質問からの回答など、限定的な情報しか得られないことも多い。そのため、それらを補う情報を得るべく、被験者のなかからこれはという人を選び出し、個別にご自宅を訪問することがある。

ブラジル、サンパウロに調査に出かけたときの話。このときも同じように被験者のなかから一人を選び、声をかけた。彼はブラジルの男らしい見事な体躯の紳士で、建築士を職業としている。昨日、5000kmの砂漠をモーターサイクルで走破する旅から帰ってきたばかりという私的冒険家でもある。明日は昼から出勤するというので、出勤前の午前中にご自宅に伺う約束を取り付けた。

次の日、明るくなる前から車に乗り込み、ご自宅へ向かう。住所から察するに、都心部にある集合住宅にお住まいらしい。生憎の雨模様で見通しも悪く、通りは渋滞し、約束の時間に少し遅れて到着した。地下の駐車場から一階ロビーへ上がる。ロビーにはいくつもの店舗が入っており、どうやらショッピングエリアになっているようだ。少し寂れていて、かなり年期が入っているのが分かる。壁や床の勾配は小刻みに変化していて、奇妙な作りになっている。エレベーターで30階へ。この建物は38階建てらしい。部屋へ向かう通路は狭く、配管がむき出しになっている。ただ、良く手入れされているようで、不潔な感じはしない。呼び鈴を鳴らす。部屋の扉が開き、昨日会った温厚な髭面が出迎えてくれた。

インタビューが進むうち、我々の挙動に気がついた紳士が言った。

「建築に興味があるのかい?」

「ええ、ブラジルと言えば、ニーマイヤーを筆頭として建築も世界的に知られていますから」
「ここも不思議な建物ですよね」

「ここ、ニーマイヤーの設計だよ」

「・・・え?」

インタビューを終え、お礼を述べて部屋を後にし、ロビーから屋外へ。見上げた先にあったのは、いつか写真でみたニーマイヤー設計の集合住宅、Edifício Copan (1957) だった。ブラジルへ来たからには彼の設計した建築のひとつも見てみたいとは思っていたが、まさかこんなかたちで実現するとは。調査には事故や誤算が付きものだが、サンパウロでの誤算は、ニーマイヤーとの嬉しい出会いだった。(urikura)