Rollei 35 S



縁あって“Rollei 35 S”というカメラを手に入れた。

この片手に収まる小さなカメラは、1966年に発売された“Rollei 35”の後継機種で1974年に発売された。基本設計からおおよそ50年が経過していることから、工業製品としては骨董品と言って過言ではない。

この時代、オリンパス・ペンに代表されるように小型カメラは35mmフィルムを半分で使う“ハーフサイズ”が主流だったが、それら人気の日本製カメラよりもさらに小型化を実現しつつ“フルサイズ”を採用している。さらにレンズはカール・ツァイス製という贅沢な仕様で小型カメラながら当時は高級品であった。

じっくりと小さく四角いボディを眺めることにしよう。レンズ左右に大きなダイヤルが配置されており、レンズを加えた三つの円とそれに刻印された数字はスポーツカーのコックピットに配置された三連メーターのような印象で、とてもスポーティな印象である。ボディ底部は、フィルム巻き上げレバーと、ストロボをジョイントするホットシュー、三脚を取り付ける穴、ボディー蓋を閉めるロック機構、フィルムカウンターなどが所狭しと凝縮されている。小さいカメラながら男臭さを感じるのは、このような凝縮されたメカニカルな機構類と味気ない立方体の造形からだろう。

底部は様々な機構が凝縮されている


写真を撮るのも一苦労である。デジタルカメラのように、撮ってその場で見ることが出来るわけではない。

まず、電池が手に入らない。このカメラは、基本的に機械式ではあるが、唯一露出計だけは電池で動く。露出計を使わないと割り切って写真を撮る事もできるが、やはり露出が分からないと不便である。そのため、アダプターを手に入れて現在市販されている電池を組み込むことになる。
さらに、フィルムを手に入れるのが面倒になっている。昨今、コンビニやスーパーでフィルムは売っていない。ネットで購入するか、わざわざカメラ専門店に行って手に入れる必要がある。

いざ、写真を撮るとなっても簡単には行かない。このカメラはオートフォーカスどころか、距離計も無い。写真を撮るときは、被写体との距離を目測で見当付けてレンズのメモリを合わせる。「だいたい2メートルくらいかな」となれば、レンズのメモリを2メートルに合わせるわけだ。
目測なので、被写界深度を浅くして撮るとピントが外れることが多くなる。このようなカメラでは、被写界深度を深くして撮る方が安心である。実際、絞りを絞ってパンフォーカス気味で撮影する人が多いようだ。

露出計は搭載されているものの自動ではないから、シャッタースピードと絞りのダイヤルを回して露出を合わせる作業が求められる。カメラ上面に露出計があり、2本の針を重ねることで適正な露出を得られるしくみとなっている。ファインダーを覗きながら構図を決めて同時に絞りとシャッタースピードを調整して適正露出に合わせるという作業は出来ない。これは残念である。ちなみに、“Rollei 35 S”の後継機“Rollei 35 SE”の露出計は針からLEDとなりファインダー内に移された。

フィルムも12枚とか、24枚とか数が限られている。例えば、レストランに行って出てくる食事を一つ一つ撮影するという行為は、フィルムが勿体なくて出来ない。iPhoneで撮影するのとは大きく違う。勿論、SNSに即座にアップする芸当は出来ない。

救いは、今でも現像できることだろう。これは助かる。

このように、写真を撮るまでも大変だし、撮った後も現像やプリントを経て、やっと写真を鑑賞することができる。
ちゃんとした写真が撮れるかとても不安であったが、想像以上にしっかりと写真を撮ることが出来た。その場で見ることが出来ないだけに、写真がちゃんと仕上がったときの喜びは大きい。


昨今、「モノからコトへ」と物質的な価値よりも体験価値を重視する方向になっている。しかし、男子の物欲をそそる“Rollei 35 S”は、写真を観賞するまでにやる“コト”が満載で、まさに様々な体験を重ねることになる。わざわざ「モノからコトへ」なんてフレーズも必要無い素晴らしいカメラだ。
デジタルカメラでは、露出もフォーカスも自動で行われるどころか、その場で写真を観賞することはあたりまえになった。写真を撮る行為は“一瞬”であり、その体験的な価値は既に無くなった。だからこそ、写真を共有化したり、加工するという新たな体験価値を加える必要が出てきたし、それをアピールするようになった。

一方で、体験価値をアピールする弊害は無いだろうか。私が若いときは、格好の良い車を見れば、手に入れたら“こんなコトしよう、あんなコトしよう”と色々悪巧みを妄想したものである。体験価値は人から言われるのではなく、自分で妄想していたのである。CMで“家族と楽しく過ごせる車”など一方的な体験価値を押し付けた広告戦略は、それが受け手側の妄想を拒否しているようにも感じられる。魅力的な商品は、それを使う人それぞれが、様々な体験価値を妄想し得られる事である。



“Rollei 35 S”とその写真をみて、「モノもコトも」デザイナーにとって両方大切であると感じた次第である。

水面の柔らかい表情やコンクリートの固い表情をちゃんと表現できている

(tarokin)