美しい所作


出張したジャカルタでの週末の出来事だ。

クライアントのご厚意で、彼らのご家族と共に「タマン・サファリ・インドネシア」という動物園へ誘われた。この高地にある遊園施設を併設した動物園は、娯楽の乏しいジャカルタで地元の誰もが通う行楽地だ。そこでは様々な動物達と至近距離でふれあうことができる。

クライアントのかわいらしい御子息が、オラン・ウータンの赤ん坊を抱きたいと近づいたとき、その隣の係員がニシキヘビを持っていたことに驚き、思わず両手を胸に当てた。ごく一瞬の、そしておそらく周りの者にはありふれた日常の光景であったろうけれども、私にとってその所作は新鮮かつ美しく映った。欧米では神の名を唱えるところを、彼らは実に自然に手を胸に当てるのだ。

思えばインドネシアの人々は握手をする際に、握った手を解いたのち、その手を胸に当てる仕草をする。訊けばその仕草によって相手に敬意を表しているのだという。これらはおそらく宗教上の儀礼や慣習から生まれたものなのだろうが、こういった美しい所作をもつ人々には憧憬の念を禁じえない。そして道具の究極はおそらくこのあたりにあるのではないかと漠然と思う。

美しい所作を伴う道具をデザインしたい。常々そう願いながら日々の業務に取り組んでいる。しかし残念ながらモダンデザインは、自らが切り捨てたものが生みだす、このような事柄を越えられずにいるのではないか。そんなことを思わずにはいられない、 本当に美しい一瞬だった。(urikura)