JR東十条駅の北口を出てすぐのところに「珈琲画伯」という喫茶店がある。もう創業40年になるというこの老舗は今時のシアトル系カフェとは異なり、大正ロマンを彷彿とさせる落ち着いたインテリアの店内で本格的なコーヒーを飲ませてくれる、大人向けの珈琲専門店だ。私はここのダッチコーヒーが大好きで、週末の午後には足しげくこの店に通っている。
オランダに住んでいたころ、ダッチコーヒーというからにはオランダのカフェで本場のものが飲めるのだろうと思い込み、立ち入るカフェで「ダッチコーヒーはありますか?」と訊いてまわったことがある。しかしどのウェイターからも「はぁ?ダッチコーヒーなんてないよ。それってどんなコーヒーなの?」と逆に質問され、つたない英語で説明するも分かってもらえず、結局断念した思い出がある。
それもそのはず、ダッチコーヒーの由来はインドネシアからきたものだったのだ。インドネシアがオランダの植民支配下にあった当時、オランダ人がコーヒーを持ち込み、栽培を行ったのだが、土壌の違いからか、インドネシアで栽培された豆は苦みが大変強く抽出されてしまい、普通にドリップしても飲めるものではなかったのだそうだ。そこで水を使い長い時間をかけてドリップするいわゆる「水出し方式」が考案され、苦みを適度に押さえつつ風味や味わいが複雑に抽出されるコーヒーが生まれたのだと言う。そして後にこの水で抽出された冷たいコーヒーのことを「ダッチコーヒー」と呼ぶようになったのだそうだ。
なるほど、そもそも欧州にはコーヒーを冷たくして飲む「アイスコーヒー」というものが存在しない。カフェで「アイスコーヒー」など注文しようものなら、怪訝な顔をされ「コーヒーってのは熱いもんだ」とお説教をされてしまう。まさにダッチコーヒーとはインドネシアの気候と風土が生んだインドネシアの文化だったのだ。
少々強引だと思われるかもしれないが、実は色彩やグラフィックにも同じようなことが言える。情報化社会、グローバル化などといわれて久しいが、その土地の文化によって色彩は実に多様な側面をみせ、さまざまな意味を含んでいることが多い。それらを適切に汲み上げ、デザインへと反映させていくためにはその土地の文化を感じ取る「感性」と、それらを適切に理解する「知性」が必要不可欠となる。我々が日々情報収集を欠かさないのは、ワールドトレンドといった共通性を知り得るためだけではなく、世界の多様性を理解するためなのだ。
図らずもこの夏には仕事でインドネシアを訪問することが決まっている。公私ともにインドネシアへ行くのは初めてだが、そこにはまた新しい文化が待っているに違いない。そこでの有様を受け入れた上で、現地の人々と一緒に何ができるのかを考える。そのような機会に恵まれることの幸運を、珈琲画伯でダッチコーヒーを飲みつつ、思わずにはいられないのだ。(urikura)