日本ではまだ定着していないデザイン・リサーチという手法について、世界中のクリエイティブ・オフィスやデザイン・シンクタンクに取材を行い、その方法論を最近のプロジェクト事例と共にまとめたもの。日経BP社から2009年6月10日に刊行され、すでに個人のブログなどでもとり上げられているのでご存知の方も多いだろう。発行部数が少ないためかそれなりの値がついており、なかなか手を出せずにいたのだが、遅ればせながら読んでみた。要は Quantitative(定量)なものではなく、Experience(経験)や Affection(情動)、Matiére(質的効果)、Communication(コミュニケーション)、Identity(アイデンティティ)といったQualitative(定性)なものをどのように捉えるのかといったお話。
たとえば定量的な調査というものは数量によってある評価軸における傾向を把握しようという試みだが、そこには現状を把握する以上のものは生まれないし、そこから革新的なモノやパラダイムを越える視点、未来への仮説を捉えるにはあまりに範囲が限られている。つまり数字というのはひとつの記号に過ぎず、それは抽象化されたモノのパラメーターとしての一側面でしかありえない。そこでは端的に数値化しにくい、もしくは異なった視点における膨大な定性情報が抜け落ちてしまうのだ。ちなみにHCD(ヒューマン・センタード・デザイン)というのはデザイナー自身がカスタマーと同じ状況を経験することで、そのような定性情報を得ようという試みであり、デザイン・リサーチ・メソッドにおける一方法論にすぎない。
個人的に参考になったのは、我々と同じインダストリアル・デザインにおける色彩を専門とするイタリア Castelli Design の「メタプロジェクト」という方法論。具体的な手法の解説は本書にゆずるが、実は我々が日々行っている手法と大差はない。ただ視点を製品のディテールにではなく、より高次にもっていくことで情報を記号化、体系化し、顧客の求めるビジョンの共有化につなげているところがすばらしい。 Castelli Design の代表、カステッリ氏は「メタプロジェクトの醍醐味は、デザインのプラットフォーム(基盤)を作り、クライアントと“ピンポン”しながら進めることにある」という。まさにその通りで、私の場合、色彩計画をクライアントにプレゼンテーションする際の質疑応答で「で、つまり次にくるトレンドカラーは何色なんですか?」と質問され、視点を共有化することの難しさに困惑することが少なくない。我々は占い師や予想屋のように未来を予測するのではなく、社会の傾向や企業の持つビジョンを視覚化し、未来に置ける「可能態」をアイデアとして提示しているにすぎないのだが、私の力不足からそのことをなかなかクライアントに理解してもらえずにいる。そういった意味でカステッリ氏の方法論には共感するし、我々の可能性をもそこに垣間みる。
日経デザイン編集長、下川一哉氏が本書の冒頭で「デザインリサーチという言葉を日本人のフリーランスデザイナーやインハウスデザイナーから聞くことは少ない」と世間におけるこの問題意識の希薄さと潜在的な需要に言及されているが、本書の初版発行部数の少なさがそれを端的に示している。私の知るかぎり、このような問題に「ヨーロッパ諸学の危機」として焦点を当て、最初に体系化しようとしたのはフッサールの現象学だが、約100年の歳月を経たここ数年間にようやく一般に認識されはじめ、デザインやマーケティングにおける実施段階として焦点が当たりつつあるといえるのだろう。(urikura)