初夢

あけましておめでとうございます。

と、ご挨拶も既に一月後半で時を逸しているとことが恐縮である。昨年4月2日から“DYNAMIX DESIGN NEWS”もやっと10ヶ月を経過したばかりでまだまだ試行錯誤な状態です。今年も、この場で様々な情報を独自視点でお伝えしていきたいと思います。

 昨年もデザインに関する注目は高く、この傾向はこれからも続いていくと思われる。一方、この“デザイン”という言葉があまりにも広範囲に使われ<設計=意匠>という職業デザイナーとして立ち位置が問われ始めていると感じている。

 例えば、今朝ラジオを聴きながら出勤の準備をしているとパーソナリティが「さてリスナーの皆さんは今日一日をどうデザインしますか?」と言っていた。「どう過ごしますか」ではなく「どうデザインするか」である。何か、この言い回しは「過ごす」に対して積極性があるように感じる。“デザイン”という言葉が広く浸透していると改めて感じた。

 また、昨年のグッドデザイン賞の大賞候補に“AKB48”がノミネートされた。その選考理由として“エンターテインメントプロジェクトデザイン”という言葉が挙げられた。もともと工業製品や建築などを対象にしていたこの“グッドデザイン賞”も今は幅広く解釈してその対象を広げている。そもそも“グッドデザイン賞”は通商産業省(現経済産業省)が外国商品のデザイン盗用が外交問題となっていたときに、デザインの創造性を高める目的で創設された。つまり、資源の乏しい日本は外貨獲得のための工業製品輸出は国の生命線で、その質を高め外国との円滑な流通を出来るようにするための施策であった。しかし、今の日本においては工業製品に対する期待は当時に比べ低下し、むしろ漫画やアニメなどエンターテイメントコンテンツの方に対する期待値が高まっているのではないだろうか。それが“グッドデザイン賞”の管轄する経済産業省の本音とも受け取れる。

 時代の変化と戦後と変わらず外需に頼らなければならない日本の需要構造の硬直化から、“デザイン”という言葉の解釈を広げてなんとか対応しているのが垣間見られる。

 世界の市場で成功している企業の多くはデザインに対する哲学を持っており、経営者がその価値をしっかりと見出している。日本企業は、バブル崩壊、リーマンショックを経てコスト削減、リストラに明け暮れ何とか生き延びることで精一杯である。この状況だからこそ本当はデザインの力が求められる。しかしながら、“デザイン”という言葉が一般化しカジュアルになり、その本質部分はポッカリと無くなっているように思える。企業のトップも、デザインは重要と唱えつつも本質部分は理解せず表層的な面しか理解していない。コマーシャリズムの一部としか捉えていないかもしれない。しかし、それでは質の高い魅力ある製品は作れない。つまり売れない。

 “デザイン”という言葉が、ふやけた麺みたいならないように、もう一度プロの手に取り戻す必要がある。世界第二位の経済大国という看板も中国に譲ることでスタートした今年は、改めて“デザイン”の本質を見据えて日本の再出発に一人のデザイナーとして貢献できればと夢を大きく持った。

tarokin