Yamaha Design Exhibition 2010_Please Please Me

会場風景

刺激的なタイトル

これは何でしょう?(リンク先のHPにて詳細が説明されています)


あるワークショップでご一緒した縁で本展示会のご案内を頂いたので、ヤマハ銀座店まで足を運んでみる。カタログを拝見するに「生活を自分なりに楽しむ視点や、人と道具の多様な関係性を深く考察するため」の提案として「新しいジャンルのデザインに挑戦しています」とあり、これまでヤマハデザイン研究所がミラノ・サローネなどを通じて国内外で行ってきたデザイン提案活動の一環であることが分かる。


本来はライブホールであるという十分な広さの展示会場に入ると左右に4つづつ、計8つのコンセプトモデルが整然と並び、余計な説明は省かれ、デザインを担当したデザイナー達が直にその内容を説明してくれる。内容はどの作品も楽器(ギター)と暮らす場面において「あったらいいな」と思われるオブジェクトや「弾いている俺、カッコいい!」と浸るための家具など、それぞれの作品がデザイナーの想起した場面やストーリーと共に語られる。なかには思わず吹き出してしまうようなウィットに富むものもあり、こじんまりとした展示会ながらこれら等身大の提案は好感が持てるものばかりだ。且つて楽器を触った経験のあるものならば一度は「こんな家具(モノ)あったら」と夢想したのではないだろうか。


そこで思った。「楽器は嗜好品であって必需品ではない」という言葉を耳にすることがあるが、思えば何時からそうなったのだろうと。

歴史を遡れば、ずいぶん昔から楽器という道具は存在している。トランペットなど、その原型は新石器時代まで遡ることができると言われているし、おそらく打楽器などは人類最初の楽器であったろうことは容易に想像される。太古の昔、楽器はもっと身近なものだったのではないだろうか。洞窟の壁に絵を描いた絵筆のように、楽器もまた傍らに存在したはずなのだ。それがいつしか記譜法の発達とともに作曲者と演奏者が分業され、音楽の職業化によって演奏者と聴衆が分たれ、録音技術の発達によってさらに生活者から楽器が隔離されていく。もちろん現在でも教育や祭事などにおいて楽器に触れる機会は残されているものの、楽器といえば特殊な技能を必要とすると思い、敬遠しているひとは多いのだろう。


今回の展示はそういった思い込みを文字通りくすぐり、笑い飛ばしてくれる。「もっと気楽でいいんだ」「カタチから入って何が悪い」「俺が気持ちよければそれで良い」「私のギターちゃん、かわいいでしょ?」と。こういう軽やかな感性がモノの未来を変えていくに違いない。


最後に、展示会ではヤマハデザイン研究所のマネージャー峯郁朗氏にお会いし、作品を丁寧に解説していただいた。氏はこういう広報活動の意義について「情報というものはこちらから発信しないと、むこうから入ってこないんです」と言われ、活動を通じて出会う事柄の大切さを強調しておられた。このような地道な活動を続けていこうというヤマハデザイン研究所の姿勢に共感するとともに、敬意を表したい。(urikura)


ヤマハデザイン展 Please Please Me