色彩のボキャブラリー





「実はあの時、プレゼンテーションをこっそり録画していたんですよ」

色彩という形態を持たない、移りゆくものをどのように捉え、表現するのか。色彩に従事するものにとっては奥の深いテーマだ。古くはニュートンの「光学」や、それに異を唱えたゲーテの「色彩論」など、色彩に関する著作は数多あれど、「ローマ人は味と色彩を論じない」という格言にあるように、色彩を理解するのに決定的な方法は未だに存在しない。

私が色彩を伝えるために自身の語彙の貧困に直面したのはCMG(Color Marketing Group)のイタリア、ローマ会議に参加したときのことだった。CMGとは1962年に設立された国際的な非営利団体で、年一回、色彩に関わるプロフェッショナルを集めて国際会議を開催し、2年後に市場に流通するであろう色彩のトレンド予測を策定、発表している。つまり色彩の流行はつくり出されているという訳だ。公式 facebook に活動の一端が紹介されている。

https://www.facebook.com/www.colormarketing.org

会議ではグループ単位に分かれ、色彩を議論し、色彩の価値観や社会的背景と共に流行色の策定を行うのだが、私の拙い教養と英語力では意図をうまく説明できず、コミュニケーションに苦労した。色の表現方法はカラーチップで具体的な色サンプルを示すものがいるかと思えば、詩的表現によるアナロジーでイメージを喚起しようとするものまで各人さまざまで、楽しく議論したのを覚えている。そして会議も佳境にさしかかったころ、グループのメンバーとも打ち解け雑談していると、なぜか皆から最終プレゼンテーションの発表者に指名され、会議の参加者全員の前で発表を行うことになった。

プレゼンテーションで何を伝えたのか、いまではもう覚えていない。覚えているのは懇親会でドイツのある芸術学部の教授から「うちの大学で学生に色彩を教えて欲しい」と冗談を言われたことくらいか。その後、色彩に関する語彙の貧困を再認識した私は過去の資料を引っぱり出し、書籍を何冊か新たに購入した。

それから4年、ローマ会議で出会ったデザイナーと偶然再会した。当時若かった彼女は、国際会議での私の拙いプレゼンテーションをこっそり録画し、その後繰り返し観て勉強したのだという。そのように捉えられていたことを知り、背筋が伸びる思いがした。恥じ入る私を前に、彼女は微笑を絶やさなかった。


未だに私の色彩に関する語彙は拙い。そろそろもう一度、書籍を紐解く時期がきているのかもしれない。(urikura)